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プロフィール

① わたしの人生観

 59年間(1954.06.06生)を振り返ると、『人生は出逢いで決まる!』と感じます。わたしには人生を変えた"3人の師"がおります。順にあげますと、第一は「父と母」です。"あいてらす第13号"で書きましたが母(ツヤ)の影響が大でした。いつも、"誉めてくれる母の温顔"が心の支えとなり、「わたしは大丈夫。運がいい!」とずっと思い込んで生きてきました。"根拠のない自信"を植えつけてくれた母に感謝しています。         

 第二は高校時代の恩師「大谷晴彦先生」です。わたしの父は私が釜石南高校に入学の年に、釜石製鉄所を定年退職。父母は長女(せつ子姉さん)のおかげで仙台に再就職。仙台の高校に編入する手続きでの父からの手紙。「仙台一高・二高・三高ともに、けんもほろろに断られたから、そのまま残れ。」と。どうやら成績が悪すぎたようです。アパートの隣り部屋が大谷先生でした。軟式野球部の監督だった先生の勧めで入部。なんと岩手県大会・北奥羽大会ともに優勝し全国大会出場。秋の和歌山国体にも選出の幸運。毎日、独身の先生の部屋で個人レッスン(?)を受け、「猪(いの)・鹿(しか)・蝶(ちょう)・・・」で勝負勘(!?)を磨きました(笑)。

 第三は「髙塚猛さん」です。リクルートグループ「盛岡グランドホテル」への入社に当り、江副浩正さんの"社長面接"を設定してくれたのが髙塚さん。卒業直前の12月31日大晦日にわたしのために、東京からわざわざ江副社長が仙台まで来てくれるなんてと感激。江副さん、髙塚さんと三人で固い握手で内定してしまいました。後にAPPI(当時は竜が森)の視察のついでだったそうです(笑)。              

 リクルートの社訓が大好き。『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』(江副浩正氏)が仕事のベースになりました。直属の上司として22年間、お世話になった髙塚さんの座右の銘は『学んだことのたった一つの証は変わるということである』。お二人ともに、変化を喜び"走りながら考える"リクルート流の「自分を変える!」というポリシーが勉強になりました。これまでの人生は成功もありましたが随分と大きな失敗もいっぱいしてきました。59年間の"悲喜こもごも"の人生劇場が『あいてらす』の基盤です。

 人生59年、多くの"出逢い"に心から感謝・感動・感激です。『出張!なんでも鑑定団in APPI』の時からお付き合いを戴いております、北原照久先生はこの3つ言葉を"心の三感王"と呼び、いつも「嬉しい・ラッキー!」と笑ってこの"三感"を提唱され、即、実践。わたしも北原先生を見習い、"心"から笑って、「嬉しい(笑)、ラッキー!」を実行する人生を歩みます。

リクルートの社訓(江副浩正社長) 入社時に頂きました
髙塚さんから盛岡グランドホテル退職時にプレゼントして頂きました
リクルートの社訓(江副浩正社長)
入社時に頂きました

髙塚さんから盛岡グランドホテル退職時にプレゼントして頂きました。

あいてらす通信 第5号で「十箇条」をご紹介
北原照久先生とわたし「開運!なんでも鑑定団 in APPI」の翌朝(先生も旬子夫人もスキーが大好き)
あいてらす通信 第5号で
「十箇条」をご紹介

北原照久先生とわたし
「開運!なんでも鑑定団 in APPI」
の翌朝(先生も旬子夫人もスキーが大好き)

② わたしの忘れられない恩人


 後藤晴隆先生(絵手紙師:我孫子市)とは平成14年元旦に「成田山新勝寺」で偶然に出逢いました。笑顔満面の"絵の天才おじさん"でした。私が独立前の2年間、お世話になりました田清グループ様(回転鮨の清次郎・田清魚店・田清水産)で田村啓一会長・田村清記社長のご配慮で絵画顧問として先生がお亡くなりになるまで雇って頂きました。今は天国から、"フレー、フレー清次郎!ぉぉぉ"(笑)と大きな声と笑顔で応援して下さっていることと思います。 

後藤先生からわたしへの成功の秘訣(笑)




後藤先生からわたしへの成功の秘訣(笑)
(2004年元旦)


わたしが「一番お気に入り」の
後藤先生からの色紙(2003年元旦)


及川さんは僕の若い頃とそっくりだ。僕の方がずっと二枚目だけどね(笑)
後藤先生の代表作品です。"佳子奥様の朝の交通安全ボランティア"をテーマに書き、全国郵便局絵手紙コンクールで最優秀賞を受賞。
「及川さんは僕の若い頃とそっくりだ。
僕の方がずっと二枚目だけどね(笑)」
と茶目っ気たっぷりに誉められました(!?)
後藤先生の代表作品です。"佳子奥様の朝の交通安全ボランティア"をテーマに書き、全国郵便局絵手紙コンクールで最優秀賞を受賞。
馬(午)年のわたしに
送って頂きました「絵ハガキ」の逸品

「成田山新勝寺」で出会った時に初めて
書いて頂いた色紙(2002年元旦)


③ わたしの人生大変革

 わたしは平成20年11月17日(母の誕生日)に独立。その2年半前に、田村清記社長様(㈲田清魚店・㈱田村商事:当時)から「うちの会社に来てくれませんか!」と光栄にも誘って頂き、幸運な人生の大転機に恵まれました。
 入社して驚いたのは、田村啓一会長・清記社長・英司専務の田村ファミリーがいつも結束し、会長が社長と専務に全権委任をされ大所高所から田清グループを見守っていること。又、130年の歴史ある立派な企業グループでありながら、常に『正直・誠実・謙虚』に徹していること。会長が早朝の市場でマグロを見事に捌いて、現役大リーガー顔負けの"活きの良さ"と"元気溌剌"ぶり。 
  私が仕事をさせて頂いたことは、田清グループ(㈱田清・㈱清次郎・㈱田清水産)様の一体化のお手伝い。「新生・田清」の"経営計画書"を社長と専務のお話を聴いて書記としてまとめたことが唯一の足跡。「いつまでも慠る(おごる)ことなく、誠意ある商いを〆て、小さく一つ一つ積み重ねて、正直にやっていく」という初代:田村清次郎氏の精神を五代目:田村清記社長に至るまで時流に"変化適応"してきた実績の数々。「回転鮨"清次郎"」の盛業が何よりの証。   
 私が株式会社田清様で学ばせて戴いた2年間こそが『自立・自律』の原点。田村社長と英司専務とは今でも"定期ミーティング"をさせて頂き、正に感謝・感激・感動の"心の三感王"です。本当にありがとうございます。


お魚いっぱいの“田清グループ”をテーマに創った後藤先生の逸品。「さんさ踊り」のうちわで大好評。
清次郎フェザン店で初めて、田村清記社長とお会いし、お鮨をご馳走になり、即興でその場で書いた作品。
お魚いっぱいの“田清グループ”を
テーマに創った後藤先生の逸品。
「さんさ踊り」のうちわで大好評。
フェザン店で初めて、田村清記社長と
お会いし、お鮨をご馳走になり、
即興でその場で書いた作品。




④ わたしが目標とする「経営・人生コンサルタント」の師

BEFORE
北原照久先生の佐島の別荘(屋上)へ訪問して和田一廣先生(和田マネイジメント社長)とわたし
  BEFORE
「開運なんでも鑑定団」の北原照久先生(株 トーイズ社長)と旬子夫人(右隣り)とホテル安比グランド オ―ナ―ズラウンジで
和田一廣先生(和田マネイジメント社長)と北原照久先生所有の佐島「別荘」で
 
「開運なんでも鑑定団」の
北原照久先生(株 トーイズ社長)と
旬子夫人(右隣り)と 
ホテル安比グランド オ―ナ―ズラウンジで
     
盛岡グランドホテルを退職して、東京で自分の力を試そうと模索していた頃に贈られた本
 
北原照久先生と旬子夫人のツーショット APPI高原スキー場で
盛岡グランドホテルを退職して、
東京で自分の力を試そうと
模索していた頃に贈られた本
 
北原照久先生と旬子夫人のツーショット APPI高原スキー場で
     
BEFORE
和田一廣先生から頂戴した色紙
  BEFORE
北原照久先生から頂戴した色紙
和田一廣先生から頂戴した色紙
 
北原照久先生から頂戴した色紙
     



感謝力

感謝があれば和が広がる

感謝があれば人は喜ぶ

感謝があれば商売繁盛

感謝があればみんなうまくいく

        
2006.1.1  和田一廣


北原照久先生の『ツキの10箇条』

① プラス発想をする
② 勉強好きになる
③ 素直であること
④ 感動する 
⑤ 感激する
⑥ 感謝する
⑦ ツイている人と付き合う
⑧ 親孝行する
⑨ 人はほめる
⑩ ツイていると思い込む

(北原照久著「ぼく流ツキの10箇条」より)
     


⑤ わたしの家族
BEFORE
初めて婚約者(中軽米みゆきさん)を母に紹介した記念に(八幡平にて)
BEFORE
初めて婚約者(中軽米みゆきさん)を
母に紹介した記念に(八幡平にて)

愛する3人の子どもたち 左から和美(長女)、奈々(次女)、好司(長男)
好司くん(6歳)の勇姿
愛する3人の子どもたち 
左から和美(長女)、奈々(次女)、好司(長男)
好司くん(6歳)の勇姿

上田さんさ踊りのメンバーとしてイベントに参加して 奈々(左)と和美(右)
(江刺)藤原の郷にて 右端が母(ツヤ)、左後方は妻(みゆき)
上田さんさ踊りのメンバーとしてイベントに参加して
奈々(左)と和美(右)
江刺)藤原の郷にて 
右端が母(ツヤ)、左後方は妻(みゆき)

盛岡グランドホテルで両家族全員での会食の記念に
中学時代の次女(奈々)
盛岡グランドホテルで両家族全員での会食の記念に
中学時代の次女(奈々)


好司くんマラソン完走おめでとう!
中学時代の長女(和美)
好司くんマラソン完走おめでとう!
中学時代の長女(和美)


左から次女(奈々)、妻(みゆき)、長女(和美)の仲良し三人組
及川家の愛犬バニラちゃん 今は天国から見守ってくれています
左から次女(奈々)、妻(みゆき)、長女(和美) の
仲良し三人組
及川家の愛犬バニラちゃん 
今は天国から見守ってくれています





⑥ わたしの友人

大学時代のわたし(カッコいいつもり 笑) 久野文男君(現在は高校教師)のアパートにて
社会人スタート時のわたし 滝沢村穴口のアパートにて
大学時代のわたし(カッコいいつもり 笑) 
久野文男君(現在は高校教師)のアパートにて
社会人スタート時のわたし 
滝沢村穴口のアパートにて

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釜石南校時代からの大親友(山田守君)と唄っているのはバブルガム・ブラザーズの”WONT BE LONG”で最高でした(笑)
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左から小林俊輔君、わたし、山田守君と このあと、呑んべえ横丁の「おけいちゃん」で海鮮三昧(笑)
釜石南校時代からの大親友(山田守君)と
唄っているのはバブルガム・ブラザーズの
”WONT BE LONG”で最高でした(笑)
左から小林俊輔君、わたし、山田守君と 
このあと、呑んべえ横丁の
「おけいちゃん」で海鮮三昧(笑)


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釜石南校同級生の年祝い(40歳)で(陸中海岸グランドホテル) 左から山田守君、佐々木良隆君、わたし
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大学卒業間近に佐々木良隆君の
何もない(?)アパートで
釜石南校同級生の年祝い(40歳)で
(陸中海岸グランドホテル) 
左から山田守君、佐々木良隆君、わたし
大学卒業間近に佐々木良隆君の
何もない(?)アパートで


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同級生年祝いのパーティーで(陸中グランドホテル) 左から津田保之君、佐々木良隆君、貫洞泰志君
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釜南同級生年祝いの当日は、山田くん宅にみんなで泊まりました(笑) 左からわたし、山田守君、永井努君、高橋徳行君
同級生年祝いのパーティーで
(陸中グランドホテル) 
左から津田保之君、佐々木良隆君、貫洞泰志君
釜南同級生年祝いの当日は、
山田くん宅にみんなで泊まりました(笑) 
左からわたし、山田守君、永井努君、高橋徳行君


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(軟式野球)北奥羽大会で優勝し全国大会出場を決めて記念撮影 後列の左から2番目がわたしの尊敬する大谷晴彦監督(先生)
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釜石南校時代のアパート前で 左からわたし、千葉俊一君、大谷晴彦先生
(軟式野球)北奥羽大会で優勝し
全国大会出場を決めて記念撮影 
後列の左から2番目がわたしの
尊敬する大谷晴彦監督(先生)
釜石南校時代のアパート前で 
左からわたし、千葉俊一君、大谷晴彦先生


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開会式(大阪府 藤井寺球場)の選手入場行進
 
開会式(大阪府 藤井寺球場)の
選手入場行進


⑦ わたしの父母

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父と母の結婚式での記念写真
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母の独身時代(学校の先生でした) とてもきれいな母でした(笑)
父と母の結婚式での記念写真
母の独身時代(学校の先生でした) 
とてもきれいな母でした(笑)


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左がわたしの姉(現姓:遠藤千恵子 仙台在住)
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甲子中学校時代のわたしのバッティングポーズ 本気で「プロ野球選手」を目指していました
左がわたしの姉(現姓:遠藤千恵子 仙台在住)
甲子中学校時代のわたしのバッティングポーズ 
本気で「プロ野球選手」を目指していました


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及川家家族全員揃った優位角写真(釜鉄アパートの屋上にて)
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わたしはいつも母に抱っこされて育ち、「末っ子長男」で期待の星(?)でした
及川家家族全員揃った唯一の写真
(釜鉄アパートの屋上にて)
わたしはいつも母に抱っこされて育ち、
「末っ子長男」で期待の星(?)でした


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長女(せつ子姉さん)のだんなさんの会社が仙台に営業所をつくり両親共に再就職
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母と実姉(照井貞様:俳人名 照井せせらぎ)
長女(せつ子姉さん)のだんなさんの会社が
仙台に営業所をつくり両親共に再就職
母と実姉
(照井貞様:俳人名 照井せせらぎ)


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大学合格後に母(ツヤ)と塩釜神社にお礼参り
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グループホーム「ほっともとみや」入所時の母 右隣りは長山恵子所長
大学合格後に母(ツヤ)と
塩釜神社にお礼参り
グループホーム「ほっともとみや」
入所時の母 右隣りは長山恵子所長


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