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あいてらす通信  Vol.31 2012年1月1日  

「上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十なり」 (貝原益軒:養生訓)

 
1.はじめに  
   
 「一年の計は元旦にあり。」“早寝早起き朝ごはん”・“いつも笑顔”・“トイレピッカピカ”の三つが目標です。当たり前のことをちゃんとやり続けることがいかに難しいかは、「五十七年にして五十六年の非を知る。」  
   

 田村啓一様(田清グループ会長)と畑中美耶子様(もりおか歴史文化館館長)との対談(「活きのいい粋な話」:IBCラジオ放送)CDを田村清記社長からお借りして拝聴。その中で、田村会長が新婚旅行の翌日、朝五時に起き、おばぁさんに叱られ、以来、朝三時半起床を五十年、一度も寝坊することなく魚市場に出かけているエピソードに驚嘆しました。プロ根性の凄さが今日の田清魚店・回転鮨清次郎・田清水産のグループ企業発展の源。会長の若々しさと笑顔、好奇心、謙虚さ、忍耐力、畑中さんとの会話に滲み出ている優しいお人柄に感動です。

  さて、冒頭タイトルは「感謝感動通信」(又川俊三クラフトグループ会長)から、「人は正しい健康法を実行すれば百歳まで生きて当然。平均寿命が五十歳にも満たない江戸時代、貝原益軒は「養生訓」を実践し、八十三歳まで大健康人だった。健康と幸福は自分の力で育て上げるものです。」の健康訓です。江戸時代ではなく、「いま」を生きる私たちは、“生かされている命”、次の箴言(しんげん)で活きたいものです!

 

 

 五十、六十は 鼻たれ小僧

 七十、八十が 働き盛り

 九十になって お迎え来たら

 百(歳)まで待てと 追い返せ

 

 
 昨年、マリナーズのイチロー選手が200本安打ならず10年連続で途切れました。「体はずっと元気だった。“折れた心”を体で支えていた。肉体のストレスなんか大したことないんです。要はメンタルのストレスで疲れは決まる。毎日2本、3本とヒットが出れば、疲れるはずなどない。1時間のマッサージより1本のヒットがストレスを解放してくれるものです」とコメント。心、気持ちの重要性は超一流選手にしてしかり。  
   

 『病気がなくても幸せでなければ健康ではない。
病気があっても幸せであれば健康だといえる。』 

 

(パッチ・アダムス:アメリカ人医師・ホスピタルクラウン)
 
   
2.言葉からの学び  

 

 「人徳」について。読売新聞(H23.12.27)付、『“僕の大槌”ここで頑張る』の記事を拝読。自ら被災した植田医院院長:植田俊郎先生(釜石南高校同級生)の笑顔と献身的行動に感動!記者の熊倉由佳さんは、「植田さんと初めて会ってから今までの会話をその後も思い出す。記者として岩手に赴任し、来春、3年になる。これまで、どれだけ岩手への愛着と使命感を持って記事を書くことができただろうかと自問している。」と彼の医師としての使命感と地域への愛の強さを自分と比較して絶妙に筆致しています。

 もう一人、友人で同級生の津田保之君(津田ノースイ㈱代表取締役)も釜石の自宅も大槌の会社・工場共に被災。岩手日報の記事によると、今年春頃までには、 新しい場所で再建し、200人の従業員を再雇用とのこと。うれしいです。二人共、釜石南で学んだ仲間ですが、学生時代から柔和な笑顔と優しい人柄でみんな の人望を集めていました。心からエールを送ります!!


 
3.今月、気になった言葉  
 

 

達者で長生きしなはれ

身なりはいつも清潔で明るい笑顔

老いても気持ちは若こうもちなはれ

恋にときめく心に年は関係あらへん

 

お金はいきてるうちにバラまいて徳を積みなはれ

と言うのんは表むき ほんまは金を離さんと

死ぬまでしっかり持ってなはれ 人にケチやと

言われても お金があるから大事にし みんな

ベンチャラ言うて来る 内緒やけんど ほんまやで

 

自慢話は しなはんな わしらの頃はと なんぼ

頑張り力んでも身体が言うこと利きまへん

若いもんには花もたせなはれ 助けおうてゆずり

おうたら気持ちに とげは無くなりまっせ

 

健康管理を忘れたら あきません 病は気から

不老長寿の妙薬は くよくよせんと暮らすこと

ボケたらあかん その為に何か楽しい

趣味を持ちなはれ

老いて ますます盛ん

せいぜい長生きしなはれや

 

 
     
あいてらす
代表 及川 好夫
 
     
 
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